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プロフィール
HN:
薫令(かおれ)
年齢:
37
性別:
女性
誕生日:
1987/02/23
職業:
大学生
趣味:
手芸・工芸・文芸
自己紹介:
ドール大好きっ子の薫令です。
手芸も写真も好きなので、
outfitを作ったり、
いろんな場所で写真を撮ったり。
そんな活動の記録です。
×

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今日のお話は、ブログの1周年記念に書いたものです。
何回かに分けてUPしていたのですが、
めんどくさいので1回でUPしちゃいます。
前回より長いので、少しずつ読んでくださいませ。

++++++++++


【Boy meets girl...】

俺はバンドでボーカルをしている。
歌には少し自信があるけど、それだけだ。
小さな箱(ライブ会場)で
なんとなく歌えていればそれでよかったのに、
リーダーでギターやってるルクリアに
ムリヤリひっぱられた。
おかげで忙しくて、大学の方もめんどくさい。
せっかく入った大学なんだから
卒業くらいしろとまわりは言うけど、
歌で食べていけるんだったらそれも悪くない。
音楽雑誌の退屈な取材を受けている間、
俺はそんなことを考えていた。

その後、取材を受けていたスタジオの廊下で
ひとりの女の子とすれ違った。
たぶん、俺より年下。
髪を肩で切りそろえた、可愛いかんじの子だった。
「待って」
瞬間的に俺は声をかけていた。
彼女は振り返り頭を下げると、
「すみません、時間がないので」と言って
スタジオへ入っていった。
「気に入ったのぉ?」
おっとりとベースのリコリスが声をかけてくる。
気に入った? まさか。あんな子どもを。
「別に。ちょっと気になっただけ」
「女遊びも、ほどほどにしておけよ」
リーダーからたしなめられた。
軽い調子で請け負う。
俺の夜遊びと女遊びが派手なことくらい自覚してるさ。
だけどやめられねぇのがこの手の遊びだろう。
ストレス発散になってるんだし、
あんまり言われたくないね。
…しかし、彼女の姿が離れない。
『気になるのは確かだし、どうすっかなぁ…』
迷っていると、スタジオの出口まできてしまった。
マネージャーにこの後の予定を聞いて、
オフだとわかったとたんに、俺は引き返していた。

+++

『…綺麗じゃん。全然違う』
俺は彼女の撮影にお邪魔していた。
壁に背をつけ、じっと彼女を見つめる。
その豹変振りに驚いた。
あんな学生が、こんなに綺麗な女になるなんて。
品があり艶があるその立ち姿に強く惹きつけられる。
彼女の撮りが終わってから、
近くの人間に彼女のことを聞いてみた。
名前は小夜(さや)。
俺でも知っている大手のモデルプロダクション所属らしい。
それ以上はどうしても教えてくれなかった。
『…さて、どうしたものか』

翌日、小夜が出ている雑誌を書店でめくった。
気に入ったのをいくつか買い求めて、
スタジオに入る。今日は新曲の収録日だった。
休憩時間になるたびに、俺は彼女の写真を見ていた。
意識しなくても、自然と見ちまうんだ。
「それ、この前すれ違った子だろう」
リーダーが声をかけてきた。
頷いて返事をする。
その間も、視線は本に落とされていた。
「あんまりバックナンバーがないな。最近の子か?」
「たぶん…」
リーダーを俺が買ってきた雑誌の中から一冊を無造作にとり、
ぱらぱらとめくりはじめた。
「小夜…か。この子、今度のPVに使ってみないか?」
俺はその言葉に驚いた。
確かにいいモデルだとは思う。
だけどPVは映像だし、曲のイメージと合うかどうか…。
「俺はいいと思うよ。特に、この着物の写真。すごく上品だ。
使ってみる価値はあるんじゃないかな」
リーダーの発言に、他のメンバーもわらわらと寄ってくる。
勝手に雑誌をめくって、議論し始めた。
こうなったら俺の手にはおえねぇ。
勝手に決めればいいさ。

+++

日程を調整し、朝からロケバスだった。
舞台は横浜。
明治・大正の趣の残る洋館へ訪れる。
ロケバスの中で、小夜は延々と教科書を開いていた。
重苦しい雰囲気だった。
それもそのはず。
ロケバスに乗る前の自己紹介のとき、
「小夜と申します。お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
ときたもんだ。
普通、出演するバンドのメンバーくらい知ってるだろ。
究めつけはこれ。
「あのさ、小夜ちゃん。何の勉強しているの?」
と、気をつかって聞いたリーダーに対して、
あの女、こう言ったんだぜ。
「数学です。見ておわかりになりませんか?」
傲慢っ。どんだけお嬢だよっ。
あんなに惹かれた微笑みも、所詮カメラの前だけか。
―ん? うしろにいるリーダーに肩を叩かれた。
手振りで、俺が質問しろと言っている。
こんな高飛車な女、誰が相手にするか―と思ったけど、
まぁリーダーの指示ですしぃ、ぐっとこらえて聞いてみた。
「今日撮影する曲、聴いてみた?」
「えぇ、事務所を通していただいたものでしたら」
『お? まともな答えが返ってくるじゃん』
その調子…と自分を励まして、問いを重ねる。
「どうだった?」
「どう―とおっしゃいますと…」
「好き? 嫌い?」
「どちらかといえば、好きです」
『どちらかといえば…かよ。普通、好きって言うもんじゃねぇの?』
「んー、じゃぁ、5段階評価でいくつくらい?」
ちなみに1が最低で5が最高。
高校生には成績表でおなじみの評価方法だろう。
「その問いはあまり意味がないと思います」
どういうことだ? 意味がないって…。
俺が表情で示すと、
「経済の先生の受け売りですが―」と前置きをして
彼女は俺を見て説明した。
「日本人は特に、1や5には票を入れにくいものです。
1というには極端なマイナスイメージには慣れていませんし、
5という完璧なものはありえません」
「どんなものにも、ひとつくらい粗があるってことか?」
「そうです。それに統計学では両端5%は切り捨てですから、
1や5という評価に意味はないんです。
ですから、好きな方は4に、嫌いな方は2に入れます。
肝心なのは、
「どちらともいえない方」と「どうでもいい方」が、
同じく3に入れるということです。
そうしますと3の量が多くなり、
平均値はおよそ3になります。
この問いで最も重要なのは2と4の票なのに」
そこまで言うと、彼女はまた教科書に視線をもどした。
考えれば考えるほど、彼女の言うことにも一理あると思う。
俺だって、どうでもいい授業のアンケートは3に入れるし、
嫌いな授業だって2にしか入れない。
1と5なんていれたのは数えるほどだ。
「で、小夜ちゃんはいくつなんだ?」
単純に聞いてみたかった。
果たして2とくるか3とくるか―。
「4です」
驚いた。4? つまり好きということか?
「先ほども、『どちらかといえば好き』だと申し上げました」
『どちらかといえば』―ね。
たしかにそんなようなことを聞いたよ。
「ロックというジャンルをあまり聴かないので、
比較対象が少ないんです。
でも、この-Plantaes-(プランツ)では
好きな曲のひとつです」
「小夜ちゃんは俺たちの他の曲も聴いてくれたのかな?」
後ろからリーダーが口を挟む。
「はい。CDになっているものは全て聴きました」
ロックは聴かないって言ってたよな。
っつうことは、オファーがあってから聴いたのか。
アルバムだけでも3枚はだしているから、
それなりに量があったはずなのに…。
「どうだった、今回の曲は?」
「歌詞は素敵でした。
曲にも和の要素があってとても気に入っています」
『とても気に入っている』のに、評価は『4』。
彼女の中で気に障ることがあるってことだよな。
「どこが悪かった?」
この質問に、リーダーが息を呑んでいた。
他のメンバーも急に真剣な眼差しになった。
「正直に申し上げますと―、歌です。
へんなところでブレスが入っていて、
せっかくの歌詞が生かせていません。
それからもっと伸びのある声を期待していました。
あとは…、全体的にテンポが崩れる小節があって、
気にかかりました」
歌―つまり俺か。
素人さんにこういうこと言われちゃうんだから、
リーダーから厳しいことを言われそうだ。
もっと練習詰められるんだろうなぁ…はぁ。

+++

横浜の洋館に着くと、
控え室として男女別に部屋が与えられた。
ここで俺たちは衣装に着がえて、
彼女ができるまで待機。
「あんなわがままな子だとは思わなかった」
「けっこうズケズケ言うよねぇ」
喜怒哀楽の激しいドラムのカメリアが言うと、
おっとりとしたリコリスが援護する。
それに背く形で、
ギターをいじりながらリーダーが言った。
「そっけないけどしっかりした答えだった。
ちゃんと理由があってのことだろう」
俺に話を振られるが、どっちにもつけねぇな。
ついたら最後、
いきつくところまで振り回されるんだぜ。
一番年下の俺にコイツらは止められねぇし、
そんなのはゴメンだ。
俺はただ歌っていられれば、それでいい。
だけど、彼女の態度は…。
「確かにズケズケ言うと思った。
けど、それは我が侭じゃなくて、もっと…」
「もっと?」
続きをうながすリコリスに、
頭がパンクした俺は「わからねぇよ」と言い置いて、
さっさと出て行こうとした。
が、俺がドアに手をかけるより先に、
勢いよくドアが開けられる。
「できましたよ~、小夜ちゃん。すっごい美人さんっ」
マネージャーが興奮した様子で報告に来た。
その後ろを数歩遅れて歩いてきた彼女は、確かに美人だった。
鶯色に菖蒲の訪問着。藤色の落ち着いた帯。
しずしずと歩いてくる様は、
曲に出てくる女性そのものだった。
「小夜さんの撮影が先ですので、中庭へお願いします」
「はい」

監督の指示で歩く彼女を、俺はただ呆然と見ていた。
監督に呼ばれたのに気づかないほどに。
映像のチェックをメンバーと監督でして、
それから俺とのツーショットを撮った。
白い日傘を差した着物姿の彼女が、
犬のように捨てられている俺に手を差し出す。
その手をとって立ち上がると、
わずかに傘をかたむけた彼女の手が
俺の頬に触れた。
「―アイリス」
そして先を歩く彼女に、ひきよせられるようについて行った。
カットが入り、また映像のチェック。
そのとき、あのセリフが
音のない映像として流れていることに違和感を感じた。
モニターの中にいる彼女は「アイリス」と俺を呼んでいるのに。
何故、聴こえない? 何故、届かない?
「なぁ、このセリフ、いれられないかな」
ぽつんと言った言葉にリーダーは少し考える。
歌は確か、「いずれアヤメかカキツバタ」
というところにあたる。
そのあとにボリュームを絞って
「―アイリス」と入れれば綺麗じゃないか?
俺が説明すると、
リーダーはその方向で調整するといってくれた。
リーダーは、あとでスタジオで音がほしいと
彼女に説明している。
その顔は先ほどよりあどけなく見えた。
『―っ』
一瞬、こみ上げた想いを息と一緒に飲み込む。
何かの間違いだ。…そう、自分自身を納得させた。

+++

屋敷内でのジャケット撮影は、彼女の独壇場だった。
モデルだけあって、着物をきても、
どういうポーズがどう見えるのかを知っている。
メンバーを変え、場所を変え、数ショット撮った。
俺も、気づいたら真剣に撮影していた。
歌とライブにしか興味なかったのに…。

全ての撮影が終わって、ロケバスで東京まで戻る途中、
俺は気になっていたことを聞いてみた。
「なんで来るときはあんなにキッパリものをいったんだ?
いつもあんな調子?」
夕闇がせまるなか、
彼女は教科書を広げていなかったからか、
あっさり答えてくれた。
「それも仕事だと思ったからです」
「えーっと…」
「よりよいものをつくるのが私の仕事です。
モデル以外のことは専門外かもしれませんが、
見る人、聴く人は私と同じ素人です。
そういう目線で気がついたことがあったら、
言った方がいいでしょう。
それに―失礼ですから。
会って直接お名前をお聞きするのも、
正直にお答えするのも、
相手への礼儀です」
つまりは俺たちのために意見することも仕事のうち
と考えていたってことか。
あくまで作品―CDやジャケットやPVなんか―を見ていて、
その質をあげるためならなんでもする。
でも、そういう姿勢に気づくヤツばかりじゃねぇだろ。
「人間関係、よくねぇだろう」
「……そうですね」
少し悲しげな瞳をした。
「でも、いいんです。質の悪いものに出演したくはありませんから」
そう言って、彼女は会話の途中で初めて視線を外した。
俺はそのことに気づかず、
『結局は自分のためかよ』と内心毒づいていた。

+++

彼女の意見のせいで、音は全て録り直した。
俺はボイスレッスンの毎日で、
くたくたになって家へと帰ってきた。
風呂もそこそこに、ベッドへ倒れこむ。
明日は彼女が来る。
「……そうですね」と言った時の、顔を思い出す。
ベッドサイドに置きっぱなしの雑誌をめくる。
『カメラの前ではこういう顔して、実は計算高い悪女かよ』
会いたくねぇな。
―と、雑誌の写真にうつる彼女と目が合った…ような気がした。
実際目が合うなんてないよな、写真だし。
……ん?
実際に話しているときは、目が合ってたよな。
ロケバスの行きも帰りも。
あれも礼儀のひとつなのか?
小学校で習う『目を見て話をしましょう』ってやつ。
じゃぁ、最後に視線を逸らしたのは……わざと?
『あー、もうわかんねぇ。やっぱ会って聞くしかないのか』

翌日、スタジオへ向かうと、まだ誰もいなかった。
『早く来すぎたかな』
そう思い、ブース内で転がる。
俺がいつも使っているところだ。
その天井を見ながら、俺はいつの間にか眠りに落ちていた。

「―アイリス」
『…聞こえる』
「―アイリス」
『…聞こえる、声が』
「―アイリス………きゃぁ」
目を開けて起き上がると、女性の悲鳴が響いた。
女? 誰だ? よく見えない。
目をこすっていると、その手を止められた。
「だめ。目が赤くなっちゃうでしょう」
母親のようなその言い方に、自然と声のする方を見た。
「小夜…っ」
驚いて少し下がると、
マイクスタンドに腰があたって倒れそうになる。
ふたりして、慌てて元に戻すと、
顔を見合わせ、どちらからともなく笑いあった。

+++

どうやら俺が寝ている間に勝手にマイクを設置して
録音していたらしい。
何度も俺の名前が聞こえたのはそのせいだろう。
とりあえず録音は終わりにして、
簡単にミキシングして聴かせてくれることになった。
…それにしても。
「録音の日まで同じ着物で来るなんて律儀だねぇ」
「そうですか?
同じ服のほうが同じ気持ちがだせると思って…」
「似合ってるから、別にいいけど」
そう、彼女に着物は似合う。
今まで着た、どんな服より、着物がいい。
ただそれだけのことだったんだけど、
彼女はうつむいてしまった。
「………」
「ん? なんだって?」
「あの……っ。ありがとう…ございます」
よく見ると耳まで真っ赤で、言ったこっちまで照れてくる。
『あんまり俺の周りにいなかったタイプだなぁ』
照れ隠しなのか、
慌てて教科書を広げる彼女を、後ろから覗き見る。
「試験前なの?」
「いいえ」
「勉強好き?」
「いいえ」
うーん。じゃぁ、なんで
試験前でもないのに勉強してるんだよ。
俺なんか試験前だって勉強しなかったっていうのに。
まぁ、だから、
こーんな出席がユルイ大学行ってるんだけどねぇ。
でも、彼女は俺とは違って、
何もしなくても勉強できそうだし。
「なんで勉強してるの?」
「5をとるためです」
5ってとれないんじゃなかったっけ?
以前横浜に行く時に交わした会話を言ったら、
「それはアンケートの場合です。
学校の成績評価なら、5をとれる人数は決まっています」
相対評価ってやつか。
もう絶対評価になってるんだと思ったけど、
彼女の学校は違うのかな?
しかし、そんなに躍起になって5をとる理由って…
推薦くらいしか思いつかないんだけど。
「推薦受けるの?」
思い切って聞いてみた。
こういうプライベートの話に答えてくれるかは
疑問だったけど。
「指定校推薦を狙っています」
予想外に、きっぱりとした答えが返ってきた。
たしか彼女、高校1年だったはずだから、
今からやっておこうってことか。
『やっぱり計算高いねぇ』
そう思った。
思ったんだけど、なんかさっきのイメージと違う。
もっと初心で可愛い普通の子っぽかったのに。
「なんで指定校なの?」
「一般受験よりお金がかからないからです」
『やっぱり金か! さっきのは演技?』
内心がっくりきていた。
俺の周りは俺の金で遊ぼうとするヤツらばかり。
もう、うんざりだ。
―と、彼女が言葉を継いだ。
「私がお金を使わなければ、
家族にラクをさせてあげられるから」
『え?』
思っていた理由とは違う。
自分のためじゃなくて、家族のため?
「もしかして、大学卒業したら就職するの?」
「はい。お給料は少ないかもしれませんが、
安定していますし。なにより、
モデルは長く続けられる仕事ではありませんから」
俺よりしっかり将来のこと考えてる。
彼女って―小夜って、
けっこう芯の通った子なんだ。
でも…それって辛くないのか?
この前も思ったけど、
いい作品つくってもらうために憎まれ役になったり、
家族のために今も働いていて、さらに勉強もしている。
高1の女の子がそんなことまで考えて…
投げ出したくならないのか?
ミキシングが終わったとリーダーが手招きした。
新しく録り直した音をふたりしてヘッドホンで聴く。
小夜の横顔を盗み見ると、
満足そうに、うっとり微笑んでいた。

+++

できあがったCD―っても試作版だけど、
ちゃんとジャケットのついたCDを渡すために、
俺は小夜の事務所へ会いに行った。
今日行くことは伝えてあるし、
断りの連絡がないということは、会えるのだろう。
こういう礼儀や常識にはうるさいみたいだし。
1Fのラウンジに待ち時間より早めに来た。
お気に入りのMP3を聴いて時間をつぶす。
そこに息を切らせて走ってくる少女がいた。
彼女だ。
「ごめんなさい、遅くなってしまって」
そう言われて時計を見たが、まだ5分前だった。
「時間より早いじゃん」
俺がそう言うと、小夜は首を振る。
「それでも、待たせてしまったから…」
『待たせてあたりまえって女が多いのに、めずらしいなぁ』
やっぱり小夜はどこか違った。
「これ、こないだのCD。どう?」
ジャケットを見た小夜は笑顔になった。
「この写真、使ってくださったんですね」
この写真とは、
見返り美人のように振り返る小夜子の遠景と
身体半分で振り返る俺の近景。
お互い遠ざかっていくなか、
「アイリス」と呼ばれたから振り返っただけのものだった。
しかし、ジャケットにすると、
互いが視線を絡めているように見える。
どっちも顔なんて写っていないのに…。
こういう写真になるってわかっていたのか?
すげぇじゃん。
俺も初めて見たときにはびっくりしたよ。
リーダーなんか、めずらしく絶賛してた。
…そういえば、ジャケ写のときは積極的だったよな。
もしかしてリードしてくれてた…とか?
さすがモデル―と言いたいところだけど、
男としてはなぁ…。
「すごくいいと思います。ありがとうございました」
そう言ってCDを渡してくる。
このCDは小夜にあげるためにもってきたんだ。
「やるよ。ってもロックなんか聴かねぇんだっけ」
「いえ、この曲は好きですから…」
はにかむ小夜を見て、俺は小夜をもっと知りたくなった。
「ねぇ、普段はどんな曲聴いてんの?」
「クラシックとか、オペラとか。ジャズも好きです」
うーん、俺とみごとにかぶらねぇ。
まぁそうだろうな。
俺だってロックのほかにはポップスしか聴かねぇし。
「あの…、どんな曲聴いてらしたんですか?」
どんな曲?
あぁ、MP3のことか。
「洋楽だよ。向こうの曲もおもしろいし」
「洋楽…」
小夜はそれだけ言うと黙ってしまった。
何考えてるんだろうなぁ…。
聴いたことないんだったら、聴かせてみるか?
「聴く?」
俺はMP3を操作して、イヤホンを片方掲げた。
彼女は控えめに受け取りイヤホンをする。
俺ももう片方のイヤホンをした。
とりあえず、あんまり個性的じゃないのからいくか。
曲をながして、様子を見た。
―と、思ったより近い距離に顔があるのに驚く。
視線に気づいたのか、にこっと笑うもんだから
余計にドキドキする。
『お、おどろいたからドキドキしてるだけだよなっ』
半ば言い聞かせるように、内心つぶやいた。
そうこうしているあいだに、曲が終わったのか、
小夜がイヤホンを差し出してもとの位置に戻った。
ホッとするような、すこし寂しいような…
フクザツな気持ちだ。
「洋楽もおもしろいですね」
………あんまり笑うな。変なこと考えちまうだろうが。
表情にでていたのか、不安げに覗き込まれた。
なんでもないというように、話題を曲に戻す。
「MP3でよかったら、ほかにもあるからあげるよ」
「……ありがとうございます。また今度」
少し顔を伏せて、遠回しに遠慮してきた。
曲が嫌いってわけじゃないよな。
好き嫌いはハッキリ言うタイプだし、
…ん? この表情、前にも見たことがある気がする。
悲しげな…あぁ、あのときか。
小夜の誠意は伝わりにくい。
だから人間関係がうまくいってないだろうと指摘したときだ。
あのときも、こんな風に笑ってたっけ。
「MP3じゃ困る?」
彼女の悲しそうな笑みが気になって、質問してみる。
「あの……ごめんなさい。私、持っていないの」
は? 持ってないってウォークマンを?
今時の高校生にしてはめずらしい。
音楽、好きそうなのに。
「親とかに買ってもらえないの?」
「……そうね」
あれ? 今、表情が凍りついたような気がする。
地雷ふんじゃった?
このままなかったことにするのがいいんだろうけど…。
「親とうまくいってないとか?」
「いいえ。父も母も好きよ。……でも、もういないの」
やべぇ。最悪…。聞いちゃイケナイことってやつ?
でもそうするとひとりなのか…。
いや、前に家族がいるっていってなかったか?
確か大学受験の話をしてたときに。
ということは兄弟? 親戚か?
「でも家族はいるんだろ。前にそう言ってたじゃん」
彼女は少し驚いて答えた。
「覚えていたんですね…。
幼稚園の妹がひとり。私の家族はそれだけです」
前は家族のために働いて勉強していると言っていた。
家族―つまり妹のために、
自分のほしいものも我慢してるのか?
「だったら、俺が買ってやるよ。プレゼントってことで」
めったにこんなことは言わないんだけどな。
たまには『がんばっているおねぇちゃん』に
ご褒美あげたっていいだろ。
「そんな…いただけません」
予想に反して、小夜は断ってきた。
「私たちを憐れんでいるのでしたら、結構です」
言うなり立ち上がって帰ってしまった。
憐れむつもりなんてなかった。
ただ、小夜の喜ぶ顔が見たかっただけだったのに。
俺はそのままフロアをのぼって小夜のマネージャーを探し、
携帯をムリヤリ聞き出した。
ついでに誕生日も。
誕生日ならプレゼントもおかしくないし、
我ながら名案だと思ったんだけど
残念なことに彼女の誕生日は12月だった。
まだ3ヶ月以上先だ。

+++

うまい方法が見つからず、俺は小夜の携帯に電話した。
驚くことに、この携帯も事務所から支給されたものらしい。
それまで携帯をもっていなかったなんて考えられねぇ。
どれだけ切り詰めてるんだよ…。
「小夜です。どちらさまでしょうか」
数コールの後、彼女は電話をとった。
「俺。アイリスだよ」
「そうですか。ご用件は」
昼間会った時より機械的に聞こえる。
電話ごしだからなのか、悩むろことだな。
「昼間なんだけどよ、」
「お断りしました」
「違うっ。…違う。それじゃない」
MP3のことはもういい。
それよりもっと大事なことがあった。
「他に、何か?」
「んー、だから、その…悪かった。
憐れむとか、そういうつもりじゃなかったんだ」
「お金持ちのボランティア思考ですか。
でしたら我が家は間に合っていますので」
また誤解されたことに気づく。
このまま会話を途切れさせたら、瞬時に切られかねない。
『でも、ただ笑う顔がみたかった―なんて言えるかよ。
恋人じゃあるまいし』
なんとか昼間の会話を思い出す。
「あのさ、詮索しちまって、小夜ちゃんは辛かったろ。
それにあんな誤解させてさ。
だから―その、俺にできることあったら言って。
小夜ちゃんばっかり我慢するのはずりぃだろ」
「私が自分の意志でやっていることです。
私の家庭事情を聞いたからといって、
別に重荷に感じなくてもいいんですよ」
うーん…電話じゃうまく伝わらないか。
やっぱり別の日に会うことにして…。
「でも…」
「ん?」
「個人的なお願いなのですが、
アイリスに頼みたいことがあるんです」

+++

で、その個人的なお願いってのが
Wデートの彼氏役ってやつらしい。
業界ではあまりうまくいってない彼女のことだし、
他に頼める人がいないのもわかったけど、
告白できない友達のためってなんだよっ。
なんていうか…小夜のお人好しはデフォルトなのか?
まぁ、学校では友達もいるみたいだし、
それがわかってちょっと安心した。
あんまり早く行くと気をつかわせるから、
約束の10分前に来てみた。
……あのピンクのふわふわ、小夜だよな?
なんていうか…可愛い。
乙女ちっくで、すげぇ好み。
それより問題は、小夜にくっついてる白ウサギ。
なんだアレ?
なんでアレには笑顔全開なんだよっ。
それが友達か? 友達の距離じゃねぇだろ。
くっつきすぎだっ。
―と小夜が白ウサギを置いてやってきた。
「ごめんなさい。
今日はキャンセルしてもらってもいいかしら」
うまく相方の都合が合わなかったのか?
「ナイショにしてたんだけど、ついてきちゃって…。
友達にはうまく言っておくから」
友達…ねぇ。
「まぁ、いいけど」
「ありがとうございますっ。
本当に、私の都合で振り回してしまって…ごめんなさい」
軽く唇を噛んだ彼女に指で触れてやめさせると、
背を向けて携帯を振った。
「また電話するから」

+++

その夜、意外にも小夜から電話がかかってきた。
前回の番号と違うから、自宅からなのかもしれない。
使い分けるなんて律儀だなぁ…と思いながら電話にでる。
「アイリスさんでいらっしゃいますか?」
「携帯なんだから、普通本人がでるだろっ」
家にかけるときと同じ対応をした小夜に笑ってしまう。
「あの後、うまくいった?」
言葉がうまくでない様子の彼女に、わざと軽く聞いてみた。
「大丈夫みたいです。そういうメールをもらいました」
「そりゃよかった。
あの童顔の白ウサギちゃんと、誰がいっしょになるんだか」
白ウサギが小夜にべたべたくっついてたの、まだ覚えてるぜ。
思い出すだけでもムカツク。
「あの……あれは妹ですけど」
『……え?』
小夜も俺の言葉に驚いたようだったが、今度は俺が驚く番だった。
「いもうと?」
「はい」
いもうと…。あれが?!
確か幼稚園だって言ってたし、
姉妹ふたりだから、おねぇちゃん子になるのはわかるけど…。
小夜もたいがい妹好きだよな。
シスコンってやつか?
俺には全然見せてくれない、
極上のとろ甘笑顔を惜しげもなく見せやがって。
「ずいぶん大事にしてるんだなぁ」
「ええ。私の家族は妹とふたりだけですし。
あとはお部屋を貸してくれた大学生の薫令ちゃんかしら。
私が大切なのはそのふたりだけだし、
ふたりを守るためならなんでもするわ」
…なんかシスコンとも違う気がしてきた。
守るって言っても高1の女の子だぜ。
そりゃぁ小夜はそこらの女の子よりよっぽど大人だけど、
まだ16だろう。
なんでそんなに虚勢をはって、気丈に振舞って
無理してるんだよ。
そんなんじゃ、いつか倒れちまうよ。
なんでもっと俺を頼らないんだよっ。甘えないんだよっ。
―今、何考えた?
小夜に頼られたい。守りたい。
甘えてほしい。笑顔を見せてほしい。
それって恋だろ?
俺は小夜に恋してるのか?
「あの…アイリス?」
「ん? あぁ、悪ぃ」
「ごめんなさいね、妹を優先してしまって。
久しぶりに一緒にでかけられたから…。
アイリスにはわがまま言って、迷惑をかけてしまったわ」
俺の沈黙を怒っていると取ったのか、
彼女が申し訳なさそうに言った。
妹が優先…、そりゃそうだよな。
自分の全てをかけて守ってる大事な妹だもんな。
「わかってるって。大事な妹だもんな。
いつか穴埋めしろよ」
「ありがとう…」
ホッとした声が聞こえた。
実は俺もホッとしてる。
また会ってくれるみたいだしな。

+++

小夜への恋を自覚したら、
全部が小夜中心にまわっちまった。
電話で声聞いただけで機嫌がよくなったり、
メールの返信を待ってみたり。
これじゃぁそのへんの女子高生と変わらねぇな。
でも、小夜が俺のこと、
なんとも思ってないのはわかってる。
わかってるからこそ、
次会うときは、夜遊びも女遊びもやめて、
小夜を守れるようになってからだと思った。
だから夜遊び仲間とも縁を切り、女ともみんな別れた。
そんな態度を見てリーダーは安心した顔をしていた。
リコリスだけは
「小夜ちゃんの影響?」と笑っていたっけ。
そんなこんなでやっと会えると思ったら、
今度はライブが重なった。
ライブとなると、とたんに仕事が増える。
しかも今回は野外のフェスタだった。
いろんなバンドが絡んでくるから、
打ち合わせにつぐ、打ち合わせで
なかなか時間がとれない。
会えないのはキツイけど、
まぁコツコツと『お友達から』ってやつだと思えば…
って、ラクにならねぇよっ。
会えないほど会いたくなるって、マジなんだな。

そして季節が変わり、冬が近づいてくる。
俺は小夜の誕生日を思い出した。
あの小夜だ。
服とか香水なんて贈っても喜ばねぇだろ。
あんまり高いものもダメだろうな。
『ほしいと思っても我慢できちゃうようなもの』がベスト。
でも、そ~れが難しいんだよ。
なにせ普通の女とは違うんだから。
どうしよう…と、店をめぐっているうちに
日付がすぎていく。
残りの日数に焦りを感じて、
俺は駅前のショッピングモールに入った。
片っ端から店に入っていくと、
アクセサリーショップできれいなティアラをみつけた。
着物も似合うけど、甘い乙女っぽいのも似合ったな…。
夏に見た服を思い出す。
結局、ストーンがついた少し大きめのティアラを買った。
プレゼントがティアラだから、
バースデーカードはシンプルなものにした。
問題は何を書くか、だ。
小夜に直接「無理するな、もっと頼れ」
と言ったところできかないだろうし、
かといって簡単に「誕生日おめでとう」なんて書けねぇ。
延々と悩んだ末に、こんなことを書いてみた。
『たまにはお姫様になって、
わがまま言ったっていいんじゃねぇの?
アイリス』
ちょっとキザだったかな。
ま、いっか。
住所を知らない俺は、
事務所経由で渡してもらうことにした。
12月1日に、絶対、と念を押して。

+++

12月1日の深夜、小夜の携帯から電話がかかってきた。
「アイリスでーす」
「小夜です。こんばんは」
声聞くだけで眠気が吹き飛ぶなんて…。
高校生じゃあるまいし、と思っていたのに。
「あの…」
彼女が話そうとするのをさえぎって、俺は時間を確認した。
0時前。まだ間に合う。
「誕生日、おめでとう」
「……あ、ありがとう」
あれ? 照れてる?
お互いが忙しくて電話だけだったせいか、
声でだいたいの気持ちがつかめるようになった。
返事が遅いときは、悲しいときか悔しい時か
照れてるときか恥ずかしい時。
まぁ、ようするに…
ちょっと言いにくいなって思ってるとき。
けど、そういうときの言葉って大事だよな。
「それで…あのっ、プレゼントなんだけど」
「気に入ってくれた?」
「えぇ。妹が」
がっくり。妹がですか。
「…私も、結構好きよ」
あ…よかった。
小夜の「結構好き」は「大好き」みたいなものだから。
気に入ってもらえたなら、歩き回ったかいがあるよな。
「それでね、カードなんだけど…」
「うん?」
「私はお姫様になんかならなくていいの。
それなりに食べて暮らしていければ」
あれ~? そこが要点じゃなかったんだけどなぁ。
小夜はちゃんとわかると思ってたんだけど、
ダメだったのかな?
それともわかっててそう言ってる?
だとしたら、「わがままなんて言わない」って主張だよな。
―それは俺が許さない。
「クリスマスイヴ。めいっぱいオシャレして来い。
その日だけはお姫様にしてやるよ」
「そんなっ。わたしは…」
「夏のWデート」
借りがあるだろう? なぁ、小夜。
「……っ」
「もちろん、ティアラしてこいよ」
「わかったわよ」
ちょっと強引すぎたかねぇ。切られちまった。
でも「わがまま言わない」なんて言われたら、
言わせてみたくなるじゃん。
言わせて、ラクさせてやりたいじゃん。
小夜のこと、愛してるしさ。

+++

クリスマスイヴ。
綺麗に着飾ってティアラをした小夜は、
ピンクのファーを巻きつけていた。
やっぱり可愛いじゃん。こーゆー服も着ろよなぁ。
機嫌がいい俺とは反対に、
小夜のご機嫌はあまりよくないようだ。
そりゃそうか。
無理矢理よびだしたんだもんな。
そんな彼女を車に乗せると、臨海方面へ向かった。
12月が誕生日で、クリスマスもあるなんて、
プレゼントあげる方からしたらめんどくせぇよな。
俺はまた物をあげる気がしなくて、
イルミネーションを見せることにした。
どうせ小夜のことだから、
そーゆーとこ行ったことねぇだろうし。
横をちらりと見ると、ファーをとって、抱えていた。
その下はケープ…ってことは、
ひょっとして半袖かノースリーブ?
イルミネーションやめるかねぇ。外寒いし。
こうしてドライブってのもいいかもな。
さりげなくヒーターを強めて考える。
…と、その手に視線を感じた。
気を使ったの、バレた?
それにしては何も言ってこねぇし。
うーん…。
もう一度、小夜を見ると、やはり同じ方を向いている。
視線をたどると、その先にあるのは時計だった。
「なにか用事でもあったか?」
「妹が家で待ってるの。パーティーをしたいって」
あー…。強引に誘っちまったしなぁ。
家族でクリスマス…か。
「何時までに帰ればいい?」
「できればお夕食までに…」
「おっけぃ。じゃぁ、ちょっととばすかな」
いっきにアクセルを踏むと、
小夜はスピードの出しすぎだと慌てていた。
そんな様子に笑って、さらに加速する。
呆れたのか、喚くのをやめたようだ。
どうしているのかと思ったら、小夜は夜の海を見ていた。
まるで、ここに俺がいないかのように、ひとりで…。
―却下。さっきのドライブは却下。
ひとりの世界にいるような女といっしょに
ドライブなんてできねぇよ。
強引にでも連れ出さないと。

イルミネーションのツリーが飾られた会場は
幻想的な雰囲気に包まれていた。
ここに着てから、小夜の顔が明るい。
マジで、物語からでてきたお姫さまみてぇだ。
「ありがとう」
先を歩いていた小夜は振り向いて満面の笑みをみせた。
これが見たかったんだよなぁ。
…ヤバイ、とまらないかも。
次の瞬間には、小夜を抱き締めていた。
「寒くないか?」
「え、えぇ…」
照れ隠しでそんなことを言うと、
小夜は戸惑いながらも返事をしてきた。
俺が守って、甘えさせて、
愛してやりたい女がこの腕の中にいる。
離したくない。
なぁ、お前はどんな顔をしているんだ?
「あの…アイリス?」
『アイリス』
こっちを向かせようとしたときに呼ばれたその名前が、
ひどく不快だった。
バンドを立ち上げてから、
ずっとそう呼ばれていたのに。
だれもが俺をアイリスだと思い、アイリスと呼び、
それに答えていたのに。
小夜にはそう呼ばれたくない。
俺の本当の名は―。
「有栖。俺の名前は『有栖』だ」
小夜の顔を向けさせて、その瞳を見つめる。
「あら、それって有栖川有栖の有栖?」
「なんだそれ?」
「ミステリー小説家よ」
ミステリーねぇ…。
2時間サスペンスくらいしかしらねぇよ。
「で、どう書くんだ?」
「有明の月の『有』に、
木へんに西って書いて『有栖』よ」
有明の月…なんて例えられたのは初めてだよ。
小夜子らしいっていえば、らしいんだろうけど。
「うん、正解。その『有栖』だ。小説…読むんだな」
「本を読むのは好きよ」
声が少し弾んでいる。本当に好きなんだろう。
「あ、名前…。私は―」
「待った。礼儀とやらで教えてもらいたくない。
小夜が教えてもいいと思ったら、教えてくれよ」
小夜が何かを言うその声にかぶって、
携帯の着信音が鳴った。
慌てて小夜がでる。
「あら、薫令ちゃん?」
かおれ…? あー、同居してるっつぅ友達か?
友達に邪魔されたのか…くそっ。
「ぐずってるの?―待つって……」
携帯を持っている手から時計を外そうとする。
…こういうときに頼れっていうんだ。
「もう7時すぎてるぜ」
あー、言いたくなかった。
でも俺のお姫様はシンデレラだもんな。
時間がきたら…
「え? もうそんな時間? すぐに帰るわっ」
やっぱり。言うと思った。
どうせ家で妹がだだこねてるんだろ。
まぁ、仕方ないか。
小夜を守るなら、『それ』込みだ。
「送る。車まで戻んなきゃな」
「えぇ…」
そう言って走り出す小夜。
ったく、ホントにシンデレラかっての。
そのうち転ぶぞ、おい。
「きゃぁ」
言わんこっちゃねぇ。
俺は後ろから抱えあげるようにして支えてやった。
「足は挫いてないか?」
「平気。それより…っ」
「何が『それより』だ」
思わず大声で怒鳴りつけてしまった。
俺の腕の中で身をすくめている小夜を見て、
落ち着け…と自分に言い聞かせる。
「まず、自分の身体を大事にしろ。
小夜にはやりたいことがあるんだろ」
ぎこちなく頷くのを見て、俺は離してやった。
それから手を引いて車まで戻る。
今度は、危ない目にあわせたりしないように。

+++

家まで車で送り届けると小夜は、
「ちょっと待ってて」と
慌てて家の中へ飛び込んでいった。
別に車の中だから寒くはないけど、
助手席が空ってのは寂しいよなぁ…。
小夜は息を切らせて戻ってきて、
運転席側にまわると、窓から俺に小さな包みを渡した。
「私じゃ似合わなかったから…」
よく見るときちんと包装がされていた。
俺へのプレゼント…でいいのか?
「あけていいか?」
すぐにでも見たくて包装紙に手をかけると、
小夜は慌てて制止した。
「ダ、ダメっ。帰ってからにして…」
いつも落ち着いているけど、こーゆー表情もできるのか。
もらえるなんて思ってなかったプレゼントだけど、
やっぱり一番はお前だよな。
手早くシートベルトを外し、身を乗り出した。
「サンキュ、プリンセス。風邪ひくなよ」
俺はそう言うと、軽くキスをし、車を走らせる。
バックミラーに、道路の真ん中で
口元に手をあててうつむいている小夜が写る。
だ~ぁから、風邪ひくなって言っただろうが。

助手席にプレゼントを置いて、シートベルトをし直す。
家までの道のりが、ひどく長く感じた。
原因はわかっている。
小夜のくれたプレゼントの中身が
気になってしかたがないんだ。
路肩に車を停めると、丁寧に包装をあけた。
するとそこには男物のストールがあった。
『ティアラ、うれしかったわ。
今日のことも…。
ありがとう。       小夜子』
明らかに今書いたとわかる手書きの文章。
「小夜子…」
贈り名はそうなっていた。
さよこ、でいいのか?
教えてくれたんだ…。
もう一度その名をつぶやくと、
今度こそ、家へと走って行った。

+++

年明け、俺は小夜子の家の側の部屋を探した。
クリスマスで一度来ていたからな。
場所はすぐわかった。
本当は事務所から部屋借りてたんだけど、
側にいたほうがちょっとでも長く小夜子と会えるじゃん。
だけど、家賃って高いのなぁ。
別に俺の給料なら出せない額じゃないけど…。
ひょっとして事務所の部屋は社宅扱いだったのか?
不動産屋のウィンドウで物件を探していると、
後ろから声をかけられた。
「えーっと…小夜子のお友達…よね?」
振り返ると黒髪ロングのメガネっこがいた。
うーん、あんまりオシャレには興味ないんだろうけど、
メガネをはずすと可愛いタイプとみた。
…って分析してる場合じゃなくて。
この女とどっかで会ったことあるか?
「小夜子の友達の薫令です。
こうして話すのは初めましてかな」
薫令…かおれ……あぁっ。
クリスマスのとき邪魔しやがったヤツ。
あの電話がなければもう少し一緒にいられたのに…。
「アイリスです。初めまして」
腹のうちは隠して、にっこり営業スマイルで言った。
やっぱ、小夜子の友達に悪印象もたれるのもマズイし。
「立ち話もなんだし、お茶でもいかが?」
そういわれて、ドーナツを売っている店に入った。
そのくせ、トレイに乗せるのは
ライオンがキャラクターになってるリングだけ…。
ドーナツ食えよ、ドーナツ。
俺は適当にとって、レジを済ませた。
禁煙席を選んで座ると、薫令はリングを全部半分にし始めた。
何やってるんだ?
「あのさぁ、アイリスって
小夜子の誕生日にティアラくれた子でしょ」
「あぁ…まぁ……」
「で、ぶっちゃけ小夜子のこと、どう思ってるの?」
へ? 直球すぎねぇか?
薫令を見やると、
さっき分けたリングを片方だけ食べている。
3種類目を手にしたところで、言った。
「だってあのカード、どうなのかなぁって」
「読んだのか?」
他人に読まれていたことが、急に恥ずかしくなる。
なんで見せたんだよっ。
いや、小夜子は見せるような女じゃねぇな。
ってことは事故かこの女が勝手に見たかだろうけど…。
「うん。プレゼントあけるときに落ちてきた。
あっ。言っとくけど、小夜子が見せたんじゃないからね」
「そりゃぁわかってるよ」
「……だよね。で、どう思ってるの?」
リングを食べる手を止めて、俺を見る。
薫令…。
クリスマスのときに電話かけてきた以外にも
聞いたことがある気がする。
『私が大切なのは妹と薫令ちゃんだけだし、
ふたりを守るためならなんでもするわ』
そんなようなセリフを小夜子は言わなかったか?
ってことはなにか?
『妹』も込みなら『この女』も込みってことだよな。
はぁ…。言ってみますか、正直に。
「守ってやりたい。
いや、頼ってもらえるような男になりたい。
あのままじゃ、小夜子は倒れちまう」
「……小夜子のこと、よく見てるのね」
「当然だろ」
俺が愛してる女なんだから。
「そっかぁ。よかったぁ~」
急にうれしそうに言うと、またひとつリングを口にする。
何種類目だよ、オイ。
「なにがよかったんだ?」
「ん? 小夜子のこと、ちゃんと見てくれる人がいて。
小夜子はしっかりさんでも優等生でもないから」
「わかってんなら、お前がとめろよっ」
ガタンっ―とテーブルを叩いて立ち上がった。
なんで、小夜子が無理してんのわかっていながら、
とめねぇんだよ。
あんた、俺と同じくらいの歳だろう。
小夜子の友達なんだろう。
なんで―。
「とりあえず、座って。ちゃんと話すから」
言われて、客の視線が集まっていることに気づいた。
俺はしぶしぶ席につくと、女を見た。
「ちょっと待ってね」
そう言うと、せっせとお持ち帰り用の袋に
リングを詰め始めた。
まだかよっ。
いつまで待たせる気だ?
「んー、よしっ。入った。歩きながらでいい?」
俺は残ったジュースを持って、席を立った。

+++

どこへ行くかはわからないが、
とりあえずついて行くことにした。
「あのね、私、あれが今日の昼食なんだ」
ふーん。リングが4つ…いや、半分にしてたから2つか?
少なくねぇ?
驚いて隣を見ると、てへっと笑っていた。
「私ね、病気なの。去年、小夜子と会った時は、
本当に入院するかどうかって雰囲気だったわ」
「なんの病気なんだ?」
「………ナイショ。ごめんね」
いや、まぁそれはいいけど…。
「今は…」
「んー、ちょっとずつ大学行ってる。
今は行ける日と行けない日が半分ずつくらいかな」
それって、ちょっとはよくなったってことか?
でも半分しか行けないんじゃ、
授業についてけないんじゃないか?
俺も大学あんまり行ってねぇから、
試験のときのキツさは解るつもりだけどよ。
「あのね、今は小夜子がんばれてるけど、
そのうち私のようになっちゃうよ」
「あんたのように?」
「うん。私のように、苦しんで、泣いて、泣いて、
死にたくなっちゃうよ」
それってどんな病気なんだよ。
小夜子がなるってどういう意味なんだよっ。
俺が口を開こうとするのを制するように、女が言った。
「小夜子はそんな私をずっと見てきたの。
ずっと守って支えてきたの。
だから、私を大事にするんだよ。妹と同じくらい」
そりゃぁ、目の前に苦しんで泣いて
死にそうなやつがいたら、
なんとかしてやりてぇと思うだろうよ。
それが小夜子なら、なおさらな。
あいつは、そーゆーヤツだから。
「そんな私に、小夜子が止められると思う?」
死にたくなるようなヤツにはできねぇってことか?
それとも…そんなヤツがやめろと言ったところで、
小夜子はきかねぇってことか?
「どうすれば、小夜子は
あんたみたいにならなくてすむんだ?」
「簡単だよ。がんばるのを止めさせてあげればいいの。
わがままいってもいいって、
心から思わせてあげればいいの」
簡単? 嘘いうなよ。
小夜子相手に簡単にいくはずがねぇだろう。
わがままいってもいいなんて、
口で言っただけじゃ納得しねぇぞ。
それこそ、こっちが引き出してやって、
わがまま言わせて、それを叶えてやらねぇと。
「ねぇ…その覚悟はある?」
俺は、試されてるのか?
…俺だって、
小夜子を一生守って愛しぬくって決めてるんだ。
やってやろうじゃん。
小夜子をぜってぇ死なせない。
ゆっくりと頷くと、女は笑って言った。
「協力は惜しまないわ。
それから、私のことは薫令って、ちゃんと呼んでね」
「あぁ。よろしくな、薫令」
こうして、俺は薫令と―小夜子と同居することになった。

++++++++++

2年半くらい前に書いたものなので、
年齢とか体調のこととか、
いろいろ懐かしいです。
この文章にでてくる薫令の状況は
あのときの私でした。
今はもうフツーの生活しているんで、大丈夫ですよ。



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